【PUBG リレーインタビュー Vol.3】ShoboSuke「みんなに楽しさを知ってもらうには、自分でイベントを開催するのが一番早いだろうと思ったんです」

INTERVIEW

【本記事は、2018年1月31日に「SHIBUYA GAME」にて公開された記事のアーカイブです】

PLAYERRUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS(以下、PUBG)にまつわるキーパーソンにリレー形式でインタビューを行う本企画。

前回のキマリ=ロンゾさんに続くゲストは、『PUBG』の日本最大のコミュニティ大会である「DONCUP」に携わり、実況を務めているShoboSukeさんです。

中学生の頃から配信活動をスタートした生粋のストリーマーであるShoboSukeさんが、2017年4月当時『PUBG』の日本人唯一の公式パートナーとして「DONCUP」の開催に携わることになった経緯や、ShoboSukeさんの目指す今後の目標や夢などを語っていただきました。

父の影響で、物心ついた頃からPCやゲームが身近にあった

――まずは、ShoboSukeさんの名前の由来を教えていただけますか?

僕は小学6年から父のお下がりのPCを使ってインターネット上で活動していて、当初は”さすらいのチビ助”という名前だったのですが、2009年3月にニコ生主になった時に”チビ助”という名前にしました。

ところが、当時のニコニコ生放送で”チビ助”という名前で活動している人が3~4人いたんです。人の配信に「チビ助です」とコメントしたら、「あのイケボのチビ助さんですか!?」と歌い手の方と間違えられたりして(笑)。それで、その中で一番コミュニティが小さかったので”しょぼすけ”に変えますと言って、今の名前になりました。

――ゲームとの出会いはいつ頃どんなタイトルでしたか?

5歳の時に父のPCに入っていたゲームを勝手に起動して、それが人を殺し回る残酷なゲームとして有名な『Postal』だったので、父が部屋に帰ってきてめちゃくちゃ怒られました(笑)。記憶に残っているゲームとしては、それが初めてです。

――PCやゲームに触れるきっかけは、お父さんの影響が大きかったのですね。

父がゲームをしているのをずっと横目で見ていて、その影響で自分もいろんなゲームを始めたので、物心ついた頃にはゲームが身近にある環境でした。

――特にのめり込んだタイトルはありましたか?

昔からロールプレイングゲームよりもアクションゲームが好きで、最初にやり込んだのは小学生の頃の『クラッシュ・バンディクー2』でした。ニコニコ生放送で配信を始めてから一番やりこんだのは『スーパーマリオ64』で、主にリアルタイムアタックをやっていました。

それから、『Minecraft』はαバージョンくらいの初期から遊んでいて、僕にとってはかなり大きな存在になっています。FPSゲームでは、『Team Fortress 2』と『Left 4 Dead 2』をどちらも1000時間以上プレイしています。

”自分を解放できる”と感じたゲーム配信の世界へ

――ニコニコ生放送で配信をしていたとのことですが、それ以前には動画投稿などもされていましたか?

はい、2008年頃から動画投稿をしていました。中学2年から3年に上がるタイミングで不登校になって、やることがないので何かしなければと思って、自分を外に出すために活動し始めたのがきっかけです。

その後、ニコニコ生放送でユーザー生放送ができるようになったことを知ってからは、配信をするようになりました。

――配信を始めてみて、当時はどのように感じていましたか?

僕は人付き合いがものすごく下手なんですが、インターネットの世界では自分が解放できている感覚がありました。そういう自分を認めてくれるリスナーの人たちがいたので、自分という存在がそこにあるという実感があって、配信にのめり込んでいました。

――当時のShoboSukeさんの配信は、どれくらいの人が見ていたのでしょうか?

コミュニティは2000~3000人で、1回の配信で150~200人くらいの来場者がいました。当時のユーザー生放送では中堅くらいの規模だったと思います。

その頃のユーザー生放送は150枠しかない枠を500人くらいの配信者が取り合っていて、その人の次の配信を見るために3時間待つような状況だったのですが、そんな中でも見てくれる人たちがいて、本当にありがたかったです。

――当時中学生とのことですが、配信についてご両親は何かおっしゃっていましたか?

父はすごく理解がある人で「将来に何か繋がるのであれば、活動していることは間違いじゃない」とずっと言ってくれていました。

ただ、僕のPCがある部屋と親がいるリビングの間には、ふすま1枚しかなかったので、配信で何をしゃべっているか全部聞こえていて、「やべー!」とか叫びながらゲームをしていると、家族から「うるさい!」とふすまを叩かれたりする空間ではありました(笑)。

“好きなものをもっと広めたい”という気持ちからイベントを開催

――配信上でイベントや大会を開催するようになったのはいつ頃ですか?

ニコニコ生放送で配信していた2013年くらいの頃から、コミュニティ大会を開くのが好きでした。当時、海外で『Minecraft』の「ハンガー・ゲーム」という映画をモチーフにしたバトルロイヤル形式のミニゲームが流行っていたんです。

僕はそれを日本でも流行らせたくて、プログラミングができる人の協力のもと作った日本向けのカスタムサーバーを使って、コミュニティ大会を開いて実況をしたりしていました。

――コミュニティ大会を開催するようになった理由を教えてください。

自分が好きなものをもっと広めたいという気持ちが強くて、みんなに楽しさを知ってもらうにはどうしたらいいだろうと考えた時に、自分でイベントを開催するのが一番早いだろうと思ったんです。それで、コミュニティ大会を開催するようになりました。

――それがShoboSukeさんの今の活動にも繋がっているのですね。

ただ、その『Minecraft』のカスタムサーバーの運用などは、他の人に委託して一度すべて辞めた時期がありました。大学に行きたいと思って、受験勉強をするために配信も2年くらい休んでいたんです。

ですが、ちょうど『DayZ』というゲームが流行り始めた時で、友達に誘われて少しだけやるつもりが、半年くらいのめり込んでしまって……。その影響もあって、大学受験に失敗したんです。もう自分はゲームでしか生きていけないのかと、かなり焦りました。

【次ページ】『H1Z1』のコミュニティ大会開催がきっかけで『PUBG』の公式パートナーに

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